アラカルト礼讃

    2013/11/12


 なぜ、最近のレストランはどこもかしこもコース仕立てになってしまったのか。

 理由は簡単だ。店側から言えば、そのほうがロスが少なくて、原価が安く抑えられる。客にとっても、メニューをあれこれ検討するのは面倒くさい。

 もちろん、その気持ちはよくわかる。接待で会食に行き、アラカルトメニューを見ながらお互い相手の顔色をうかがい、予算を想像しながら料理を決めるのはたしかにストレスだ。
店だって、その結果、相性の合わない料理ばかりを選ばれたんじゃ、作る甲斐もない。
そう考えると、コース仕立ては、誰にとってもいいこと尽くめのように思える。

 しかし、敢えて言いたい。本当に料理が好きなんだったら、きちんとアラカルトで取ろうよ。

 特に日本料理に多いが、その日の体調、好みにあわせて自分でうんうんと悩みながら料理を決めることが実は、料理の楽しみの半分くらいを占めると私は思う。

 今の時期に美味しい食材はなにか、それと合わせると旨さが倍増する副菜はなにか、箸休めは汁物がいいか酒肴がいいか、メインは肉でいくか肴にするか、などなど。
もちろん店の助けを借りるのは構わないが、自分で組み立ててこそ、料理のうまさが味わえるというものだ。

 そういう意味で私は、アラカルトメニューがきちんとあるレストランが好きだ。

 たとえば新橋にある「割烹 ほそ川」はまだ30代の主人がひとりで頑張っていて基本はアラカルト。二十以上の品が毎日並ぶが、毎日築地に通う主人の目利きは確かだ。

 先代から数年前に代替わりした赤坂「津やま」も、30代の若大将が、三十以上の料理を毎日作れる体制にしている。
ここがいいのは、選び方によって割烹にも洋食屋風にもなるところ。
刺身、椀、焼き物と選べば正統的な日本料理だし、コロッケ、海老フライ、豚の角煮などを選んで、白ごはんを掻き込むのも楽しい(ただし、相当高くつくが)。

「うちはコースはありませんけど大丈夫ですか」と尋ねられたのは、新富町の「市むら」。
きっとコースにしか慣れていない客が多いからだろうが、こちらとしてはそのほうが大喜び。鱧寿司や芯取り菜の煮びたしなど、昔からの料理を味わった。

 コースのない寿司屋の代表格は神保町の「鶴八」だろう。
「新ばし鶴八」や「しみづ」の系統で、代替わりはしたものの、札に書かれた「本日の魚」から、握る、切るを指定する昔ながらのスタイルだ。

 ただ、これまでアラカルトに慣れていない客がいきなり選ぶのは至難だし、初めての店では勝手がわからないことがよくある。
そんなときはメインの料理だけ決め、それまでの料理を相談するのはどうだろうか。

「今日はアマダイを塩焼きで食べたいと思うんですけれど、それまでに刺身、お椀、野菜ものでなにかおすすめはありますか」

 と聞けば、主人は親切に教えてくれるはずだ。フランス料理でも私はメインだけを決めて、前菜をシェフにおまかせにすることがよくある。
自分の好みの料理を選びつつ、コース全体の流れもうまく運びたいというわがままから生まれた考え方である。

東京いい店うまい店編集長
柏原光太郎

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