本田 直之

本田 直之
旅人、レバレッジコンサルティング代表

高ウマ

飲食業を知らなかったから焼肉の概念を変えられた。

よろにく 東京都

焼き肉・韓国料理

キュレーターコメント

季節ごとに訪れたい、そんな新しい感覚の焼肉というか肉割烹。 肉業界を変えたよろにく。 よろにくに行くなら、是非下記を読んでから訪れて欲しい。 メディアに語られてないよろにくの裏側がわかります。 本田直之の「賛否両論=オリジナリティ」 ~批判に負けず、クリエイティブに生きる~より 焼肉を好きな人たちの中では、こんな言葉が使われることがあるそうです。 「よろにく以前、よろにく以降」 南青山に2007年にオープンした「よろにく」というお店の登場で東京の焼肉シーンはそれ以降、劇的な変化を遂げます。 「焼肉屋ではなく和牛屋と自分では思っています」と自ら語るのは、代表であり焼き手でもある桑原Vanne秀幸さんです。 僕は、お店にお邪魔してから、定期的に通っているだけでなく、プライベートでもお付き合いをさせてもらっています。一緒に食事に行ったり、飲みに行ったり。 実際、よろにくは、他の焼き肉店とはまったく違います。焼肉が料理として成り立っている。僕はそう感じました。肉の質も違えば、出し方も違う。 初めてよろにくに行ったのは、3年ほど前。 昔は焼肉が好きでしたが、40代ともなれば、がっつり食べられなくなります。そんなこともあって、焼肉からは離れていましたが、この店は他の焼肉店とは違う、という話を以前から聞いていたのでした。 今では日本全国どころか海外の焼肉店でも見かける、あの一口ご飯に肉を巻くスタイルや卵黄に絡めるスタイルは、実はよろにくが発祥なのですが、最大の特徴は、やはりコース仕立てになっていることです。 しかも、その流れのレベルが極めて高い。和牛割烹のような焼き肉店もありますが、それとも違う。初めて体験する焼肉コースでした。季節に応じて、マツタケやトリュフなどを使ったスペシャルコースもあります。肉は、客が焼くのではなく、お店のスタッフの焼き手が目の前で焼いてくれるのも、よろにくの特徴です。 よろにくは、焼肉にして焼肉にあらず。新しい肉料理のカテゴリーを作ってしまった、といえるかもしれません。最近では、似たようなお店も出てきているようですが、ここまでのレベルに達しているところはない。 「食べログ」をはじめ、ネット上のあらゆる焼肉ランキングで常にベスト5入りするなど、一般の評価も極めて高い。 今では予約を取るのも困難なよろにくですが、実はオープン当初は苦戦を強いられていました。それが、どのようにして今の「予約の取れない店」に変貌をするのか。 これまでほとんどメディアでは話さなかった、桑原さんの舞台裏をお届けします。 よろにくで誰もが驚くのが、そのメニュー構成です。まるで日本料理やフレンチのように、見事な構成で“焼肉料理”が出てくるのです。 「もともと、こういう店がやりたかったんですよね。いろいろな世界の料理も参考にして、自分の中で作ったのが、よろにくの料理なんです。オープン当時はまだ生肉が禁止ではなかったので、生肉から始まって、塩ものに行って、タレものに行って。次に、吸い物という流れで」 焼肉のコースの間に、吸い物があるというのは驚きなのですが、この吸い物が、実にいいアクセントになる。しかも、和の吸い物。 「焼肉店で和の吸い物を出す店は他にないかもしれないですね。でも、ここで一度和の吸い物で舌がリセットされる。すると、余計に次のタレものの焼肉が引き立つんです。フレンチのコースで途中に出てくるプチデザート、グラニテみたいな役割ですね。そのあとは、シャトーブリアンのロールケーキを。さらに、タレをどっぷりつけて、米と一緒にシルクロースという柔らかくて舌の上でとろけるお肉を楽しんでいただきます」 シルクロースとは、サーロインの薄切り肉です。もともとこんな名称はなかったそうなのですが、お客さんが名前をつけてくれたのだとか。ここまででも十分に食べ応えがあるのですが、よろにくのコースは、まだ終わりません。 「柔らかいお肉でゴンゴーンと行った後に、いきなりここでおろしポン酢を出すんです。これで、さっぱりする。くどいくらい味の濃い肉の連続の後にさっぱりした食べ物が出ると、ここでみんなの舌がほっとするんですね」 ここで終わりではありません。 「一回、さっぱりを見せておいて、最後にはザブトンのすき焼きを卵黄に絡めて食べていただきます。ここで味覚のインパクトをピークまで持ってきてようやく終わり。締めはそうめんでクールダウンして、最後はかき氷です。そうめんにしたのは、僕が食後に冷麺を食べるのが好きじゃないからです。食後にまたキムチとかチャーシューとか、重いですよね。デザートのかき氷は、最初から決めていました。僕が好きなので(笑)。実はものすごく研究しました。専門店にも負けないレベルのかき氷です」 コースは、映画の構成をイメージしている、と桑原さんは言います。 「特にハリウッド映画は、これで終わりか、と思ったら、クライマックスがさらに来たりするじゃないですか。2段構え。だから、僕たちも2段構えです。じらせてじらせて、ドカン、と来たと思ったら、さらにもう一段大きな盛り上がりが待っていた、みたいな。その後に幕が下りて、エンディングロールが流れるような感じでかき氷が出てくる。料理のコースは、作品という意識が強いですね。だからストーリーが重要となります。音楽でいえば、Aメロ、Bメロ、サビという展開。劇団四季が毎日公演をやっているようなイメージで営業しています」 インスタグラムでよろにくを検索すると、山のように写真が出てきます。味はもちろん、みんなが思わず写真を撮りたくなってしまう。そんなメニュー構成とビジュアルになっているのです。最近では、海外からの来客も増えているそうです。 オーナーの桑原さんは1969年、熊本生まれ。飲食業界で経験を積んだ人ではありません。なんと、元DJです。世界中でかなりヒットしたCDのコンピレーション「カフェ・デル・マー」に曲を提供していたり、青山・骨董通りの入り口近くに人気のクラブ「fai」を27歳でオープンさせたクラブオーナーでもありました。 「20歳の頃、留学準備をしながらバーテンダーをやっていたのですが、何となく流れでDJになりました。もともとバンドをやっていたりして、レコードもたんまり持っていて。あるとき、クラブで有名なDJがかけている曲が、自分が持っているレコードばかりだったんですよね。あ、これは自分でDJできるかも、と思って」 桑原さんはレコードコレクターでした。その趣味がDJという仕事に直結したといいます。 「オーディオや自動車のカタログを子どもの頃からずっと集めていました。買いもしないのに眺めて分析して、これとこれを組み合わせて、なんてことを脳内で妄想して。あ、そう考えてみると、いろんな音楽を組み合わせて流すDJの仕事の感覚、子供の頃からあったのかもしれません」 DJの仕事をするきっかけは、縁あって某有名アーティストのDJの機材を譲り受けたところから始まります。そのうちに、お店から声をかけられて有名店でDJをやるようになり、その腕が評判を呼び、27歳でクラブのオーナーになりました。それでも桑原さんは、自分がかかわっていたDJの世界、クラブの市場に対して、極めて冷静な目を持っていました。 「あるとき、最近、若い子たちが夜、出なくなってきたな、お酒を飲まなくなってきたな、というのが、なんとなく見えちゃったんですよね。同時に、東京のクラブでは、自分がこれだと思うことをやっても、大資本で大きな箱のタダ券をばら撒く集客方法には敵わないと思い知らされるようにもなりました。で、考え始めた。いいものを単純に評価してくれる場所で、勝負したほうがいい、と」 食べることはもともと好きだったそうです。クラブの営業が安定し、ある程度の収入を得るようになって、美味しいものを食べに行くようになりました。 焼肉もそのひとつ。 西麻布の有名な高級焼肉店「遊玄亭」やハラミで有名な業界人御用達の「虎の穴」に通い、ネットで見つけた町屋の「正泰苑」に行って驚くことになります。 「こんなに安くておいしい焼肉屋さんがあるんだ、と思ったんですよね。そこから東京中のお店を食べ歩くようになって、たどり着いたのが江戸川区篠崎の『焼肉ジャンボ』。とにかく衝撃を受けたんです」 焼肉ジャンボで、桑原さんは、ロースやカルビ、クッパのような普通の焼肉店でよく見かけるメニューではなく、聞いたことのない部位の肉をたくさん体験します。 「焼肉って誰もがちょっと焦げるくらいまで焼いていた時代でした。ところがジャンボでは、薄切りのお肉を出てきて、表3秒裏3秒、と指定される。店のひとに言われた通りに焼いて食べたら、なんだこれは、というおいしさだったわけです。回転寿司しか行ったことがない人が、いきなりミシュラン3つ星の『鮨 さいとう』に行っちゃった、みたいな大ショックでした。それから毎週このジャンボに年間60回前後も通うようになったんです」 この時点で、桑原さんは「飲食店をやろう」なんてかけらも思っていなかったそうです。けれども、ジャンボに通ううちに飲食の魅力に気づいていきます。 「音楽では大資本には勝てないけど、ご飯屋さんなら違うかもしれない、と思いました。本当においしいものを出す店をやれば、お客さんが勝手に宣伝してくれる。だったら、小さくてもやれる、と。そしていくつもの焼肉店に通ううちに、自分ならこうしたいな、自分流にアレンジするならこうだな、と具体的なアイデアがバーッと浮かんできたんです」 このアイデアがいまのよろにくの原型となります。いつしか、桑原さんは「これまでにない焼肉店」をやろうと思い始めました。 桑原さんが思いついたのは「コースで出す」という発想でした。 「焼肉店に通ううちに、どんな順番でどんな肉を出すか、もっと考えたらよりおいしくなるのにな、と思ったんです。あとは、肉のバリエーションと味付けですよね。焼肉といえば、一部の焼き肉店を除くと、大体決まったパターンしかなかった」 キムチ、ナムル、牛タンから始まって、ロース、カルビと来て最後は冷麺がビビンバ。高級店だと最後に抹茶アイスかバニラがついてくるというパターンです。 「既存の焼肉店のコースではなく、日本料理店のように、多様な肉を最高においしく食べられる順番をみつけて出してみたらどうだろう、と考えたわけです」 もうひとつが、スタイリッシュなお店にすることでした。 「まだ、海外のダイニングっぽい感じの、スタイリッシュな焼肉店というのは、なかったんですよね。僕が考えたのは、名宿に焼肉店が入る、というイメージでした。もし、海外のホテルに焼肉店があったら、こんな感じかな、と店構えのデザインを考えていったんです」 こだわったのが、店の部材の質感でした。よろにくに行けばわかりますが、壁やテーブルも、とてもいい材質の部材を使っています。従来の焼肉屋とは一線を画そうとしたのです。 「僕はもともとDJですから、一からクリエートすることも好きなんですが、どちらかというと世の中に出回っているものを掘ってきて、自分の中でリミックスする、というのが好みなんです」 とはいうものの、飲食に関しては、ましてや焼肉に関しては、この時点の桑原さんは、まったくの素人です。 ただし、ここからが普通の素人と違う。いちばんのお気に入りの焼肉店だった篠崎のジャンボで修業をさせてもらおう、とお店にかけあったのです。 「もちろん、最初はまったく相手にされませんでした」 それでも、桑原さんは何度も何度もお客としてジャンボに通い「やりたいんです」とプレゼンを続けました。さらに桑原さんは、びっくりするような行動に出ます。 「南青山の今のお店がある物件が前から空いている、ということは知っていたんです。あ、ここいいな、と思ってときどき眺めていたんですが、そのうち別の飲食店が入居してしまった。でも、明らかにダメな感じのお店で(笑)。じっと待っていたら案の定、半年でつぶれました。そこで何の準備もないのに、この物件を借りちゃったんです」 なんと、まだ焼肉のイロハもしらないうえに、お店で修行したこともないのに、桑原さんは物件を押さえてしまいました。そして、この事実を“武器”に再びジャンボに向かいます。 「物件を借りてしまったので、なんとか助けてください、とジャンボの大将に泣きついたんです。大将は優しいから、本当に困ったらたぶんOKしてくれると思って。なんと、本当にOKしていただいたんです。僕自身は調理人になるつもりはなく、あくまでプロデューサーでいこうと思っていましたから、後輩を5カ月間修行に行かせました。住み込みで」 かくして桑原さんは、日本トップクラスの焼肉店のノウハウを学ぶことができたのです。 桑原さん自身は、飲食ビジネスに関しても焼肉に関してもまったくの素人でした。しかし、自分には「できる」というイメージがあったそうです。この仕事はDJと同じなんだ、と。 「DJという仕事の成否は、結局、どれだけの曲を知っているか、です。要は耳の鍛え方次第なんですよ。後輩のDJによく話していたのは、まずビルボードのトップ100を時代をさかのぼって全部聴け、と。そうすると耳にセンスがついてくるようになる。過去の音楽の系譜を耳にたたき込むわけですね。そこで鍛えた耳のセンスで、今どきの最先端の曲を聴けば、必ずどの曲がヒットするかがわかるようになります。僕は、飲食店の経験はありませんでしたが、いろんなものを食べていた。焼肉店をやろうと決めてからは、さらにさまざまな店を食べ歩いた。要は舌を鍛えたんです。いい舌を持っていれば、いい肉を出せるはずだ。そのためには、まず、いい味とはなにか、いい肉とはなにか、舌で判別がつかなければダメなのでは、と仮説を立てました」 かくして、桑原さんは、かつてレコードやオーディオカタログを徹底的に集めたように、焼肉店の有名どころを次々と訪れて、まさに舌を鍛えていきました。 「もともとオタク的なコレクター気質なので、なにかを始めちゃうと全部集めてコンプリートしないと気が済まないんです(笑)。ただ、このとき頭にあったのは、どこかの店をパクるためとか、ただ参考にするためというよりは、自分の舌の基準を作ることでした」 桑原さんの「舌」修行は、焼肉にとどまらず、和食からフレンチにいたるまで、すべての分野の名店をカバーしました。関西の店にも足を運びました。 「関西に行くときは、3日で14軒くらい、飲食店をはしごしていましたね(笑)。当時から、デザートとしてカキ氷を採用しようと考えていたので、1日30杯くらい食べ歩いたときもあります」 桑原さんはあえてメモを取りませんでした。自分の舌を通して、記憶に残る味しかいらない、と考えたからです。 焼肉店に欠かせないタレや乾麺選びに関しても、コレクターぶりを発揮しました。 「通販で買える、日本中のしょうゆを取り寄せました。500本近くありましたね。買っては舐(な)め、買っては舐めで、どのしょうゆをベースにタレをつくるのかを考えました。乾麺も全国からさまざまなブランドを取り寄せて、自分の理想の焼肉店で出すのにふさわしい麺を選ぼうとしました」 一方で、桑原さんはこうも言います。 「僕が幸運だったのは、おそらく焼肉屋さんでまったく修業したことがなかったことです。新しい店を出すに当たって、それが、良い方に作用しました」 桑原さんには、焼肉店はこうあるべきだ、という固定観念がありませんでした。そして、お店を経営していたらおそらくできないであろう大変な数の食べ歩きをこなし、焼肉以外の飲食におけるトレンドをきっちりつかんでいたのも、優位に働きました。 結果として、桑原さんは、焼肉業界に身を投じて修業していたら身につけていたであろう焼肉店の “常識”のようなものを、疑って考えることができるようになったのです。 桑原さんが構想したのは、従来の焼肉店の常識を超えた店でした。だからこそ、思わぬ洗礼を浴びることにもなります。

店舗情報

よろにく

焼き肉・韓国料理 東京都港区南青山6-6-22 ルナロッサB1F
平均予算

¥10,000~

営業時間

[平日] 18:00-24:00(L.O.23:00) [土]17:00-24:00(L.O.23:00) [日・祝日]17:00-23:00(L.O.22:00)

定休日 なし
リンク http://bit.ly/1vpvLWj
Facebookページ http://bit.ly/1TxZ3tN
電話番号 0334984629
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